科学哲学という研究分野がある。大まかに言うと、科学哲学とは「科学とは何なのか」という疑問に答えようとする研究分野であるといえる。科学哲学の源流を辿ればいくらでも遡ることができるのだが、科学哲学がおおよそ今の形になったのは20世紀初頭のカール・ヘンペル、ルドルフ・カルナップ、ハンス・ライヘンバッハらに代表される論理実証主義あたりである。論理実証主義の核となる主張は「科学は実証可能な命題である」というものだった。しかし論理実証主義はすぐに17世紀にスコットランドの哲学者ディヴィッド・ヒュームが提起していた「帰納法の問題」に対応できないなどといった内部矛盾により崩壊し、時系列的には科学哲学はカール・ポパーの反証主義にとって変わられた。反証主義の主張は「科学は反証可能な命題である」というものだった。もちろん反証主義も完全ではなく、「クワイン・デュエムのテーゼ」と呼ばれる問題があり、それを解決するためにポパーの後継者であるイムレ・ラカトシュは自身が「洗練された反証主義」と呼んだ考え方を構築していった。こういったものが科学哲学の一つの大きな流れであり、基本的に広く実証主義(ポジティビズム)とか批判的合理主義とか呼ばれる考え方である。
一方で、イムレ・ラカトシュの友人であったポール・ファイヤアーベントはその著書『方法に反対する(Against Method)』の中で科学は「何でもあり(anything goes)」と主張し、科学を実証とか反証とかいった一つの基準で統一的に語る考え方に疑問を呈した。また、その少し前に科学史家のトーマス・クーンはパラダイムと呼ばれる考え方を提示し、科学には革命的なパラダイムシフトが起こると主張した。このような中で、科学を統一的に語ることの難しさが露呈し、科学とは何なのかという大きな疑問に答えようとする実証主義的「一般科学哲学(General Philosophy of Science)」よりも物理学や生物学など個別の科学を研究する「個別科学の哲学(Philosophies of Particular Sciences)」が主流になってきた。そして現在も科学哲学はこの流れの中にある。
科学哲学は科学ではない。それは科学「哲学」である。ではこの「哲学」というのは何を意味するのだろうとつらつら考えてみるに、おそらくそれは「論理的分析(logical analysis)」とか「合理的再構築(rational reconstruction)」ではないか。それは政治哲学や経済学にも当てはまり、政治哲学は政治ではないし、経済学も経済ではない。政治哲学や経済学は政治や経済を論理的に分析したり、合理的に再構築するものである。つまり科学哲学は科学はどのように行われる「べきである」のかを論理的分析を通して解き明かそうというものである、ということができる。実際、生物学の哲学で知られるエリオット・ソーバーは自身の著書『証拠と進化(Evidence and Evolution)』の序文でまさにそう言っている。ちなみに政治哲学者ジョン・ロールズが京都賞受賞を辞退したのは天皇皇后両陛下とお話をしなければならないという理由からだったのだが、それは君主制が彼が考える政治のあるべき姿ではなかったからである。つまりロールズの政治哲学にしてもやはり実際の政治ではなく、政治はどのように行われる「べきである」のかを論理的分析を通して解き明かそうというものである、ということができる。
しかしここに科学哲学が科学者から嫌われる理由がある。科学者からしてみたら科学哲学者は実際の科学および科学の現場を知らないにも関わらず、科学者に対して科学とはこのように行う「べきである」ということを「上から目線(condescending)」で言ってくる。科学哲学の中においてですら科学の方法論について同意が存在しないのに、である。そして現在的視点からは実証や反証などといった過去に科学哲学が主張してきたことは間違いであるということがわかっている。これは実際の経済の主役である企業などが理論経済学をあまり重視しないのに似ている。因みに反証が原理上不可能なことはロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の哲学者コリン・ハウソンによって(1960年代、70年代あたりに)示された。LSEの哲学部はカール・ポパーによって設立され、イムレ・ラカトシュもそこに所属していた。コリン・ハウソンはLSEで哲学を学び、LSEの教授になったが、ポパーの反証主義を批判し、自身は統計学者デニス・リンドリーらに影響を受けベイズ統計学的な科学哲学を作り上げた。
少々脱線するが、デニス・リンドリーはジミー・サベージ、I. J. グッドらとならびベイズ統計学の創始者の一人である。ジミー・サベージは経済学者ミルトン・フリードマンの弟子、I. J. グッドは数学者G. H. ハーディーの弟子であり、第二次世界大戦中にはブレッチリー・パークでアラン・チューリングのアシスタントとしてエニグマ解読を行った(ハーディーは天才数学者ラマヌジャンとのコラボレーションで知られており、また解析学(微分積分)はニュートンとライプニッツがそれぞれ独立に開発した手法なのだが、ニュートンとライプニッツの記法は異なり、ニュートンの記法のためにイギリス(英語圏)の数学は大陸(ドイツ)に大きく遅れをとっていたのだが、ハーディーらの努力で相当の回復ができたと言われている)。
実際にポパーやラカトシュと共に研究した人間に聞いたところ、ポパーは自分の意見に反対する人間とは決して口を聞かなかったそうだ(『開かれた社会とその敵』のその敵って誰だよ、と言いたくなるが)。これはおそらくハウソンのことだろう。因みにこのポパーとハウソンの関係は、フィッシャーとリンドリーの関係と似ている。リンドリーは1967年にユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の統計学の教授となった。UCLはカール・ピアソン以降、ロナルド・フィッシャー、ジャジー・ネイマン、エゴン・ピアソンらが研究を行った研究機関で、20世紀初期では世界で唯一の統計学の研究機関だった。そしてそこで研究されていた統計学はフィッシャー、ネイマン、ピアソンらの頻度主義統計学だった。ベイズ統計学の創始者の一人がそこの教授になるのだから、彼は同僚に「エホバの証人をローマ教皇にするようなものだ」と評されたという。年代が違いすぎるから、彼らは共に働くことはなかったが、リンドリーがケンブリッジ大学の学生時代にフィッシャーがオックスフォード大学で講義を行うというので行ってみると、その講義の中で質問をした女性に対して、フィッシャーは「そんなことをしてはいけない。質問したいのならまず私のところに来て許可を得なさい」と言ったらしく(フィッシャーもポパー同様、もしくはそれ以上に気難しい人間だった)、リンドリーは後年「フィッシャーに敬意など持っていない。質問するのに許可を得なければならない?そんなもの科学でも何でもない」と切り捨てている。
話を戻すと、科学哲学は科学者から見ると机上の空論(armchair philosophy)のように感じられる。もちろんファイヤアーベントやクーンらの考え方もあるのだが、基本的に科学哲学の主流は実証主義を中心に回ってきた。実証主義とは基本的に科学は客観的なものであるというような考え方である。そしてこの考え方は現在の科学哲学にも引き継がれている。実証主義的科学哲学の最たるものはハンス・ライヘンバッハによる「仮説の発見過程」と「仮説の検証過程」という区別である。これは前述のエリオット・ソーバーにも引き継がれている。エリオット・ソーバーの指導教官はヒラリー・パトナムで、ヒラリー・パトナムの指導教官はハンス・ライヘンバッハだった。パトナムは博士論文でこそライヘンバッハの論理実証主義の妥当性を示そうとしたものの、以後はライヘンバッハの立場、つまり論理実証主義から離れ、最終的にはネオ・プラグマティズムと考えらるようにまでなった(因みに、ライヘンバッハはパトナム卒業後にパトナムとアインシュタイのミーティングをセットアップしている)。一方、ソーバーは自身のヒーローはライヘンバッハであると言うほどライヘンバッハを尊敬しており、長年にわたって研究を行ったウィスコンシン大学マディソン校でハンス・ライヘンバッハ教授職にあった(一時期ウィスコンシン大学を離れスタンフォード大学に移ったのだが、彼の妻がウィスコンシンの友達に会えなくて寂しい、ということで再びウィスコンシン大学に戻っている)。
「仮説の発見過程」と「仮説の検証過程」という区別は実証主義的に科学哲学を行う際に、つまり科学の論理的分析、合理的再構築を行う際に必要不可欠な区別である。実証主義的な科学哲学の観点からは「仮説の発見過程」はひらめきなどといった非合理的な過程であり、そういったものを分析の対象としてしまうと、科学の論理的分析、合理的再構築は不可能となってしまう。ゆえに従来の実証主義的な科学哲学は「仮説の検証過程」のみを対象としてきた。カール・ヘンペル曰く、仮説の発見は単なる「幸福な当てずっぽう(happy guesses)」なのだ。だから論理的分析、合理的再構築ができるのは「仮説の検証過程」のみということになる。ここに存在するのは非合理なものも分析する心理学と合理的なもの(のみ)を分析する哲学という対立がある。
ロナルド・フィッシャーも同じような考え方を持っていた。フィッシャーの統計学の中核には尤度(ゆうど)と呼ばれる考え方がある。尤度とは仮説を想定したときにデータを観察する確率(のようなもの)である(著書の中では確率と書いたが、正確には尤度は確率の公理を満たさない)。仮説をH、データをO、確率をPとすると尤度はP(O|H)と書くことができる。因みにこのP( | )という記法はデニス・リンドリーが親しかったハロルド・ジェフリーズが開発したものである。因みにジェフリーズは1919年にアインシュタインの相対性理論の検証実験を行ったアーサー・エディントンの弟子であり、ポパーの反証主義は「クワイン・デュエムのテーゼ」の問題のためにエディントンの実験に対応できないため、反証主義を嫌っており、ポパーは初級の確率解析もできないという理由でポパーがロイヤル・ソサエティーのメンバーになるのを阻止しようとした、とデニス・リンドリーは伝えている。そして事実、ポパーの反証主義には確率概念が欠落しており、これがコリン・ハウソンが問題視したところなのだが、ポパー自身も統計学の哲学者デボラ・マヨに「数理統計学を勉強しておけば良かった」とこぼしていたようだ。さてフィッシャーに戻ると、フィッシャーの統計学は尤度に基づいており、尤度を最大化させることで(点)推定を行い、尤度からp値を求め、棄却水準αと比べることで仮説検証を行う。ここでもやはり仮説はすでに想定されている(フィッシャーの統計学を参照)。つまりフィッシャーの考え方にも(そういう名前を使っていないにしろ)「仮説の発見過程」と「仮説の検証過程」という区別は存在する。
しかし本当にこの考え方は正しいのだろうか、という疑問は拭えない。当然このような見方は科学者の感覚からは大きくずれたものだろう。「幸福な当てずっぽう」で仮説を生成して、それを合理的に検証する。そんなはずはない。これは何を意味するのか。従来の実証主義的科学哲学が間違っているのだ。これと同じ状況が経済学および政治哲学にも当てはまる。従来の新古典派経済学は合理選択に基づいているが、認知心理学を起点とした行動経済学にその多くの部分を侵食されている。同様に、ジョン・ロールズの政治哲学は合理選択的ゲーム理論に基づいているが、合理選択的ゲーム理論では必ずしもロールズの描いた結論に達しないこと、進化ゲーム理論であれば高い確率でその結論に達することがシミュレーションにより示されている。もう一ついうなら、統計学者赤池弘次が指摘したように、回帰分析および時系列分析の際、「仮説の発見過程」と「仮説の検証過程」という区別およびフィッシャーの推定と仮説検証という区別は有用ではない。やはり実証主義的科学哲学は正しくない。
実証主義的科学哲学は科学という対象を論理的に分析、合理的に再構築しようとするあまり、科学の実態を無理やり捻じ曲げているのだ。これはかつてポパーが反証可能でないという理由で生物学は科学でないと言ったのと同じ状況である(ポパーはのちにこれを取り下げる)。生物学が反証可能でないという理由で科学でないならば、社会科学などはもっと科学でない(しかしコリン・ハウソンの指摘を考えるならば、物理学も反証可能ではない)。反証主義という指標を取るために科学の大部分もしくは全てを捨てるのと、自分たちが科学だと信じるものを取り、反証主義という指標を捨てるのでは、どちらが適切なのか火を見るよりも明らかである(ゆえにこれは哲学者の机上の空論なのだ)。
そして論理実証主義はハンス・ライヘンバッハらのベルリン学派、ルドルフ・カルナップらのウィーン学団を中心に盛り上がったが、客観的理性を信じたドイツ・オーストリアはナチスの手に堕ちた。このような反省の中から実証主義に対する形でフランクフルト学派を中心として批判理論というものが出てきた。批判理論は社会科学、特に社会学の方法論である。社会科学を行う際には実証も反証も存在しないし、多くの場合統計的検証も行わない。では何をするのか。論証を行い、世界を理解できる形(intelligible)にするのだ。科学哲学内部にもイアン・ハッキング、ナンシー・カートライト、パトリックス・サップスらスタンフォード学派と呼ばれる一団が存在する。彼らは科学の方法論は一つではないと考えている。私もその通りだと思う。
デイヴィッド・ハル以降、生物学も大きな地位を占めるようになったとはいえ、一般科学哲学は基本的に物理学を中心に展開されてきた。もちろん物理学者の多くはそのような(一般)科学哲学を有用なものだとは思わないだろうが(個別科学の哲学としての量子力学の解釈問題などは哲学と科学がうまい具合に手を携えている(数少ない)領域だと思う)。そして生物学の哲学も、では実際の生物学者が有用と感じるかといえば、正直ほとんど関係ない、というようなところではないだろうか。ましてや社会科学に関してはほとんど手付かずである。アレックス・ローゼンバーグが経済学および社会科学に少し手を出して以降、社会科学の哲学もほんの少し研究されるようになったが、それでも何か有用性があるかと言われれば、社会科学を実践しているものからすると、何か言っているな、くらいのものだ。
実証研究、と社会科学の中で言ったときに、実証研究というのは一つには科学を客観的と捉えるという意味と、統計的(数学的)な手法を用いる研究、つまり質的研究ではなく量的研究という二つの解釈が可能だが、社会科学者は通常後者の意味で実証研究という言葉を使っている。そしてその意味では実証研究は重要であり、批判理論と並走して行っていくことができる。社会科学は従来の(実証主義的)科学哲学の議論に縛られるのではなく、批評理論的な考え方のもと、論証を行い、世界を理解できる形ということを目指すべきである。
