認知心理学と臨床心理学
心理学は大きく臨床心理学と認知心理学に分けられる。通常、心理学といって思い浮かべるのは臨床心理学の方だろう。精神科医とか臨床心理士とかスクール・カウンセラーとかがここに属する。一般的なイメージとしてはフロイトとかユングなどの夢分析や森田療法とか箱庭療法などといったものが思い浮かべるかもしれない。もう一つの心理学である認知心理学は神経科学、哲学、言語学、コンピュータサイエンス、教育学などと並んで、認知科学を構成する大きな一部である。そして臨床心理学と認知心理学は重なる部分もあるが、基本的には別物であると考えた方が良い。臨床心理は基本的に科学ではなく、極端に言ってしまえば、夢分析でも森田療法でも箱庭療法でも効果があればなんでも良い(科学ではないというのは言い過ぎかもしれないが、臨床心理は医学に似ている。それは科学だとしてもとても具象的な科学である)。一方で認知心理学は科学である。臨床心理学と認知心理学は切り離して考えるべきものなのだ。
これは1988年の科学的心理学会の発足に象徴される。アメリカ最大の心理学会はアメリカ心理学会(American Psychology Association, APA)であり、MLAやChicagoなどと並び、学術文献の引用スタイルであるAPAでも知られる。APAは当初心理学研究者を中心とした学術団体だったが、臨床心理士やスクール・カウンセラーといった臨床心理学の人間が増えたため、1959年には認知心理学の研究者たちが心理科学協会(Psychonomic Society)を作り独立した。さらに1988年には研究志向の心理学者がアメリカ心理学協会(APS: American Psychological Society)を作った。アメリカ心理学協会は2006年に科学的心理学会(APS: Association for Psychological Science)に名称を変更したが、略称は同じAPSである。臨床心理学と認知心理学には本当に大きな隔たりが存在する。私の心理学の恩師バーバラ・トベルスキーは科学的心理学会の会長だったのだが、認知心理学が臨床心理学と混同されると、「それは臨床の方だから」とよく言っていた。バーバラ・トベルスキーは本当に博識で難しい論文を1、2分で要約、解説してくれて、彼女と30分ほど話したら、10~20本の論文を読んんだくらいの知識が身についた。これは本当にありがたかった。
認知心理学と私の学問的出自
認知心理学の発展はジェローム・ブルーナーの自伝In Search of Mindに詳しく書かれている。In Search of Mindは日本語にも翻訳されており、邦題は『心を探して』なのだが、おそらくブルーナーはマルセル・プルーストの『失われた時を求めて(In Search of Lost Time; 原題:À la recherche du temps perdu)』を意識しているので『心を求めて』の方が良いのではないかと思う。私の著書『本当の声を求めて』も当然プルーストへのトリビュートである(因みに、アラスデア・マッキンタイアのAfter Virtueは『美徳なき時代』と訳されているが、このAfterはダブル・ミーニングであり、「後」という意味、つまり美徳(徳倫理)なき時代という意味と美徳(徳倫理)を「求めて」という意味がある。そして美徳が終わった時代に美徳を求めようとすることがマッキンタイアがAfter Virtueで行おうとしたことだ)。
ブルーナーはそれ以前の行動主義心理学を覆し、認知心理学を作り上げた認知革命の主導者の一人である。大雑把にいうと、行動主義心理学では刺激(知覚)があれば、行動が自動的に生成される、という考え方なのだが、認知心理学は人間の心理はそんなに単純なものではなく、知覚と行動の間には認知(意味)が介在するという考え方である。当然ながら現在では(科学的)心理学のメイン・パラダイムは認知心理学であり、行動主義を研究するというのはもはやテニュア・キラー(大学の教授になれないという意味。つまり誰にも相手にされない研究という意味)である。私は心の哲学や意識などに関してはニューヨーク大学(NYU)の哲学者ネド・ブロック(や神経学者ハクワン・ラウ)に学んだのだが、ネド・ブロックがドキュメンタリー番組のCloser to Truthのインタビューの中でダニエル・デネットのことを「(論理行動主義の)ギルバート・ライルに教わり、彼自身も時として行動主義者を名乗る」と言っていたが、それは「話にならない」という意味なのだ。実際、ダニエル・デネットの心に関する著作を読むと、一方でとても刺激的で面白いのだが、他方でほとんど賛同できないと感じてしまう。
ブルーナーとバーバラ・トベルスキーとは仲が良かったが(彼女はブルーナーのことをJeromyとかdear friendと呼んでいた)、もう一人の私の教授もブルーナーと仲が良く非常に強い影響を受けていた(正確にはこの教授が私の第一の指導者である)。この教授は文化人類学者でマーガレット・ミードの共同研究者でもあり、当時はミードはグレゴリー・ベイトソンと結婚しておりベイトソンとも何度も会ったらしい(マーガレット・ミードは『菊と刀』を書いたルース・ベネディクトの弟子である)。恩師は1946年から1970年代くらいまで存在したハーバードの社会関係学部という学際的な所で博士号を取った。ここではブルーナー、ミード、社会学者のタルコット・パーソンズらが研究し、教鞭を取った。恩師曰くパーソンズの影響がかなり色濃くあったらしい。因みに、博士課程に入る前、先生は一年間パリのソルボンヌに遊学し、帰りの船の中でナチスから逃れてきたオーストリア人の旦那と出会った(恩師の子どもの一人はUSサンディエゴの教授で私の親友である。東京大学でも長く客員教授をしていたので、良く飲みに行く。そして彼の再従兄弟は映画『オッペンハイマー』の監督である。ブルーナーの自伝に出てくるがブルーナーはオッペンハイマーと親しかった)。
そして恩師のコロンビア時代のメンター(つまり私のメンターのメンター)はローレンス・クレミンというピューリーツァー賞を受賞した歴史学者だった。恩師からクレミンはコロンビア大学の教授だった哲学者ジョン・デューイの友達だった、と聞かされて、頭の中は「???」という感じだった。どう考えても時代が合わないのではないか。ジョン・デューイなんか歴史上の人物ではるか昔の人ではないか、と思ったのだが、トリックは簡単で、デューイはとても長く生きて、90歳くらいの頃に十代だったクレミンと友達だった、ということだった。ブルーナーも100歳を超えるまで生きて、私が学生時代にも大学に講義に来ていた(彼が自伝を書いたのは六十代のころであり、折り返し地点くらいだ)。私自身に対する(恩師を通しての)クレミンの影響はとても大きく、その際たるものは、教育は学校教育が全てではないという考える点である。
認知心理学の問題
先生たちの影響で私もブルーナーにかなり影響を受けた。ブルーナーは本当に素晴らしい。しかし彼の理論にどうしても納得いかないことが1点あった(本当は2点。もう一点は『本当の声を求めて:野蛮な常識を疑え』の中に少し書いてある。それは感動に関する部分だ)。マインド・リーディングと呼ばれる他者の心をどのように理解するのか、という分野に関する疑問だった。ブルーナーの最大の功績は認知革命を主導し、心理学に意味を取り戻したことと、それを教育理論に応用したことだと思う(教育哲学というよりは教育理論といった方が適切である)。それは偉大なのだが、彼の心理学および教育理論は意味(フォーク・サイコロジー)に非常に強く依拠している。当然マインド・リーディングに関してもフォーク・サイコロジーということになる。マインド・リーディングの理論には大きく分けて、フォーク・サイコロジーとシミュレーションという二つのものがある(哲学内では理論理論とシミュレーション理論と呼ばれる)。私自身はフォーク・サイコロジーは否定しないが、シミュレーション理論が一義的であるという考え方だった(そして現状の多数派はこの意見ではないだろうか)。そこに関してブルーナーの理論にどうしても納得がいかなかった。
シミュレーション理論の理論家として最も有名なのはアルヴィン・ゴールドマンだろう。ゴールドマンもネド・ブロックのゼミに来ていた。どこかで見たことある顔だなと思っていたら、ゴールドマンだった。ブロックの博士課程のゼミは30人ほどでやるのだが、そのうち10人くらいは超有名な学者であり、ほとんど学会だった。クリス・ピーコック、ディヴィッド・ヴェルマン、イモジェン・ディッキー、カタリン・バログ、ジェシー・プリンツ、ハクワン・ラウ、デヴィッド・ローゼンサール、ディヴィッド・チャマーズ、マイケル・タイなど超有名哲学者、神経科学者、心理学者などがガンガン議論する。当然学生も加わる。
そしてここにブロックとデネットの大きな違いの一つがあると思う(理論上の差異は数限りなくある)。ブロックはとても経験論的(エンピリカル)に議論を行う。ブロックはクリストフ・コッフ、ビクター・ラメ、ハクワン・ラウなど多くの神経学者、心理学者の研究をもとに理論を構築し、今度は彼らがブロックの理論を検証するという哲学と科学の有機的な関係性を構築している。西洋哲学には分析系、大陸系、プラグマティズムという三つの潮流があり、私は自分自身を分類するなら大陸系、プラグマティズムなのだが、哲学者クワインの『経験論の二つのドグマ』という論文以降の分析系の良い点は経験論的(エンピリカル)に哲学を行うという点にある。そしてこの点において分析哲学の中でトップを走るのはブロックだと思う(因みにブロックの奥さんはハーバードの心理学部の学部長を務めたスーザン・キャリーだ)。デネットは理論に走りがちで、しかも自分がわからないことを無理やり(自分にとって)わかる形にしようとしているという印象を受ける(科学哲学における「仮説の発見過程」と「仮説の検証過程」という区別に対しても同じことを感じる)。
シミュレーション理論とフォーク・サイコロジー(理論理論)の間でずっと考えがまとまらなかったのだが、バーバラ・トベルスキーの旦那のエイモス・トベルスキーの研究パートナーでその最期をバーバラが看取ったノーベル経済学賞受賞者ダニエル・カーネマンの本を読んで謎は解けた(バーバラ・トベルスキーにくっついて、カーネマンやカーネマンの当時の奥さんで注意の研究の大家のアン・トリーズマンの講義などによく行った)。シミュレーション理論とフォーク・サイコロジーはそれぞれシステム1とシステム2に対応するのだ。このあたりは『本当の声を求めて:野蛮な常識を疑え』を読んでほしい。
社会学から認知心理学、認識論、科学哲学への提案
ブルーナーはオックスフォードでアイザイア・バーリンやその弟子筋であるマッキンタイアやチャールズ・テイラーと交流があったようなのだが、彼らの共通点はシステム2のみを扱っているという点にある(テイラーはマイケル・サンデルの師匠に当たる)。因みにテイラーにはブルーナー以上に強い影響を受けていて、分析系から大陸系、プラグマティズムに移行したのも彼の影響だ。博士課程のゼミで社会学理論(批判理論)をテイラーとの共著もあるクレッグ・キャルフーンに教わったのがテイラーに触れた始まりで、実際に講義などにも行った。今考えると当時は恵まれていて、チャールズ・テイラーやユルゲン・ハバーマス、アマルティア・セン、サウル・クリプキなんかの講義に出席することができた。クリプキとは道でもばったり会って話たりしたし、トーマス・ネーゲルやクリス・ピーコック、デイヴィッド・ヴェルマンなんかもいた。これは哲学をやっていない人には何を言っているのかわからないかもしれないが、哲学界のトム・クルーズ、オーランド・ブルーム、キアヌ・リーブスたちに直接会ったと言っているようなものであり、まあいわばちょっとした自慢話というわけだ。
キャルフーンは社会学者ピエール・ブルデューと親しく、英語圏での最大のブルデュー解釈者だろう。キャルフーンは批判理論と呼ばれるいわゆる反実証主義の理論家なのだが、彼が繰り返し言っていたことが、批評理論はフランクフルト学派だけではない、ということだった。そしてフランクフルト学派でない最大の理論家がブルデューだ。ブルデューはハンナ・アーレント、チャールズ・テイラー、アラスデア・マッキンタイアらと並びかなりのアリストテレス主義者である(テイラーやマッキンタイアらいわゆる共同体主義は基本的にはアリストテレス主義である)。ブルデューはハイデガーの理論的後継者であるメルロ=ポンティに関して博士論文を書こうとしていたが、文化人類学者になった(アメリカ最大の文化人類学者の一人クリフォード・ギアーツも修士までは哲学を学んでいた)。誰かがハイデガーの1ページ1ページにアリストテレスを見るというようなことを言っていたが、ブルデューを読むとアリストテレスの影響が非常に色濃く見て取れる。
ブルデューの社会学理論は教育社会学とか社会階層論といった領域で表層的、オペレーショナルに扱われているが、彼の真髄はそれまで哲学が無視してきた実践を理論化しようとしたことにあると思う。私もブルデュー的立場から、従来の認識論(知識の哲学)および科学哲学に強い違和感を抱いている。ブルーナーも『教育の文化(The Cultures of Education)』といった後期の著作ではブルデューを引用しているのだが、やはり基本的にはシステム2のみを扱っている。一方、ハイデガー、メルロ=ポンティらいわゆる現象学(大陸系哲学)はシステム1も論じている。ただ彼らは分析系とは違って、経験論的(エンピリカル)、つまり心理学的(認知科学)な裏づけをあまりしないので、科学者からは敬遠されるように思える。この橋渡しを試みたのが『本当の声を求めて:野蛮な常識を疑え』の第3章だ。
ヴィトゲンシュタインの哲学は前期と後期に分けられるのだが、後期までに彼はハイデガーを読んでいたのだろうか。興味深いことに後期ヴィトゲンシュタインの『哲学論考』には心には二つのシステムがあるのではないかという仮説が出てくる。ブルデューは前期ウィトゲンシュタインの「語り得ないことについては沈黙しなければならない」という哲学の考え方に明確に反旗を翻す。哲学は語り得ない実践を無視してきた。これはカント以降の伝統だ。ブルデューは明確にカントを射程に入れている。そしてカントに影響を受けた論理実証主義も全く同じ間違いを犯す。彼らもやはり認知的に無意味なものを排除しようとした(ただ彼らの言う認知的無意味さは認知科学の観点から見ると完全に間違っている)。そしてその伝統の上に今日の科学哲学が存在する。科学哲学もやはり大きく変わらなければならない。科学哲学、認識論(知識の哲学)は科学社会学、知識社会学、科学史、心理学などと交わらなければならない。
