哲学とは何か

(西洋)哲学とは何か。哲学とは基本的にメタフィジックスだ。メタフィジックスと言えば何やら小難しいが、簡単に言うと「なぜ世界はこのようになっているのか」ということであり、哲学は最終的にはこれに答えようとすることだ。この世界の中には宇宙も人間も社会も含まれるので、哲学の範囲は本来非常に広い。もちろんあまりにも範囲が広いために現在では哲学は自然科学、社会科学などに細分化されている。

(西洋)哲学を考えるのに、西洋の基本的な歴史を知るのが役に立つ。基本的に西洋の歴史は古代、中世、近代に分かれる。そして哲学は古代ギリシアで始まった。古代ギリシアの哲学者アリストテレスは「なぜ」と思うこと、つまり「なぜ世界はこのようになっているのか」と思うことから哲学は始まると考え、そして「なぜ」に対する答えには四つあると考えた。つまり「なぜ世界はこのようになっているのか」という疑問に対する説明は四つあるということになる。

その四つとは物質、目的、形、はじめの原因だ。これはテクニカルにはアリストテレスの四原因説と呼ばれ、それぞれ質量因、目的因、形相因、作用因と呼ばれる。例えば、「なぜ」ダンベルは重いのか、という疑問には「それが鉄という重い物質だからだ」というのが質量因であり、「体を鍛えるためだ」というのが目的因、「なぜ」カップは液体を入れられるのか、という疑問には「それはカップの形のためだ」というのが形相因、「なぜ」このボールは動いたのかという、疑問には「それは私が投げたからだ」というのが作用因だ。

アリストテレスにとってこの中で特に目的因は中核的な説明であり、彼はこの世界の全ては目的を持っていると考えた。例えば、現在的な視点からは少し変だが、木の目的は天に向かって伸びること、ものが落ちるのは全てのものの目的地が地球であるからだ、というのがアリストテレスの説明だった。当然、後者は現在では重力という説明で置き換えられている。

そしてこの目的というのは良さや意味と言い換えることができる。例えば、カップの目的は液体を入れることであるが、当然液体を入れることができるカップが良いカップであり、液体を入れられないカップは逆に悪いカップであり、意味がわからない。

そしてこの世界の全てが目的を持っている考え方は中世に引き継がれた。中世はキリスト教社会であり、世界は全知全能の神が作ったと考えられていた。全知全能の神がこの世界を作ったのならば(前提)、この世界の中には意味や目的のないものなどあるはずがない(帰結)ということになる。実際、もし神が全知全能で、この世界をつくったのであれば、なぜ無用なものなど作るのだろう。逆に、全知全能の神がこの世界を作り、この世界の中に目的のないものがあるとするならば、背理法により、前提が間違っているということになる。しかし前提に対する信頼が強い場合、仮にこの世界の中に目的のないものがあるとしても、それは私たちが不完全であり神の計画全体を知らないからだ、ということになる。当然中世ではそのように考えられた。

当然、世界の全てには目的(意味、良さ)があるので、アリストテレスは、例えば、人生があれば、良い人生がある、酒があれば、良い酒がある、と考えた。全てにおいて、何かがあれば、良い何かがあるということなのだ。生きていればどんな人生でも人生ではあるが、満ち足りた人生が良い人生だろうし、アルコールであればどんな酒でも酒だろうが、高級なワイン、中の良い友人と飲む酒などは良い酒だろう。何か「である」という事実があるならばこう「であるべき」という価値がそこにはあるということになる。つまり古代、中世において事実と価値は密接に結びついていた。男「である」ならばこのよう「であるべき」規範、価値が必ず存在した。

つまりアリストテレスの視点からは良さを求めることが非常に重要となる。男「である」ならば男としての良さ、価値、生き様を追求すべきなのだ。そのように良い人生を生きようとすること自体が哲学である。ただ、近代を生きる私たちの頭をかすめるのは良さは個人の主観的なものであり、個人が自分が良いと思うものを求めたら、紛争になりはしないだろうか、ということではないだろうか。

近代はまさにそのように考えた。近代の祖であるデカルトは「全てのものを疑うことができる」という哲学的な考え方(これは懐疑論と呼ばれる)が非常に強かった時代であり、同時に近代科学が発展していく時代を生きた。デカルトの考え方は以下のようになる。確かに厳密にいうと全てのものを疑うことができる。私の目の前にあるカップは私の幻想なのかもしれない。確かに可能性としてはありうる。しかしもしそうであれば科学は全て観察に基づいており、その基礎は非常に脆弱であるということになってしまう。彼は科学を懐疑論から救うために何か疑い得ないものはないかと考えた。

そして自分が考えているときに、考えている自分の存在だけは疑いえない、つまり、我想う故に我あり、と考えるに至った。そして彼はこの世界には二つの実体が存在すると考えた。二つの実体というのは二つのカテゴリーのものということであり、一つは客観的な物質であり、もう一つは主観的な考える私、つまり魂だ。このような世界の中に何が存在するのかというのはメタフィジックスの一部でオントロジー(存在論)と呼ばれる。つまりこの世界には主観と客観、主体と客体が存在するということになる。そしてそれらは別物である。主観的な客観、客観的な主観などは意味をなさない。

主観は「であるべき」という価値であり、客観は「である」という事実であり、アリストテレスの考え方ではそれらは密接に繋がっていたが、デカルトはそれらは別物であると考えるにいたった。デカルト以降の近代の人たちはこう「である」客観的な事実は科学の分野であり、それはアリストテレスのような目的ではなく、自然法則(the law of nature)で説明されなければならないと考えた。つまり自然法則に何らかの初期条件を入力すれば、結果が出力されるということになる。そしてまさにこれをやったのがニュートンだった。ニュートンは「なぜ」ものが落ちるのかを重力の法則で説明し、「なぜ世界はこのようになっているのか」ということをF=MAという自然法則で完全に説明した。

ちなみにガリレオはニュートンに先立ち重力の研究を行い、理論と実験によりそれまで信じられていたアリストテレスの重力理論を論破した。アリストテレスの物理学では重いものの方が軽いものよりも先に落ちる、ということになっていたが、彼はそれを背理法によって否定した。重い石と軽い石があり、重い石の方が速く落ちるとする(前提)。今ここでこの二つの石をくっつけて落とすと、論理的にはそれぞれの落下速度が相殺されて中間の速度で落下する、且つ二つの石の重さに相当する速度で落下するということになってしまう(帰結)。しかしこれは完全な矛盾であり、重い石と軽い石があり、重い石の方が速く落ちるという前提は間違っているということになる。

そしてもし世界が全て自然法則で説明し尽くされるならば、メタフィジックスはフィジックス(物理学)と等しくなる。これが正しいかどうかは今日まで議論が続いている。

それはさておき、「である」と「であるべき」が全くの別物であるならば、仮に物理学(自然科学)によって「なぜ世界はこのようになっているのか」ということが説明できたとしても、それは私たちはどのように生きる「べきである」のかということを全く教えてくれない。アリストテレスの考え方では男「である」ならば男としての良さ、価値、生き様を追求すべきである、ということを教えてくれた。しかしデカルト以降の近代はそうではない。それは個人的な主観でしかない。だから女性「である」から女性らしく振る舞う「べきである」などというと前近代的な感じがすることになる。

しかし私たちは無価値では生きられない。どうするのか。近代の考えはこうだ。私たちは完全なる主観でしかない。そして主観と主観は交わることがない。良さが個人の主観的なものである以上、個人が自分が良いと思うものを求めたら、紛争になってしまう。だから私たちは人間である以上、等しい権利を持つ存在であり、その権利を侵すことは認められないという自然法(the natural law)、いわゆる基本的人権を想定し、その範囲内のみで自分が良いと想うものを追求できるということになった。当然、法律もこの考え方の上に成り立っている。

しかし一見正しそうに見えるこの近代の考え方は多くの問題を孕んでいる。一つ挙げるならば、上記のような考え方を追求すれば、私たちが他者に言えることは、他人の権利を犯してはいけない、ということだけで、どう生きるのが良いのかということは結局は個人の自由であり、それに関しては何も言えないことになるし、言わなくて良いことにもなる。これはまさに止持作犯という言葉が戒める状態だ。

哲学は何やら小難しく、現実社会とは関係ないものだと考えられがちだが、そうじゃない。哲学は基礎として現代社会の構造を支えている。それ故に近代以降の哲学の歪みがその上部構造である、社会科学、そしてさらにその社会構造の上部構造である社会制度に反映され、社会の中で苦しむ人が存在することになる。これに関しては簡単な解決策ではないが、解決策は存在する。そしてそれはアリストテレスが考えた考え方への回帰だ。アリストテレスは、良さは個人の主観的なものであり、個人が自分が良いと思うものを求めたら、紛争になりはしないだろうか、という私たちの疑問に解決策を持っていたように想う。民主主義の本質は多数決ではなく、お互いの考え方を理解した上で落とし所を見つけるという作業だ。これはとても難しい作業だが、解決策はこれしかないようにおもう。

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