なぜ日本人は英語が話せないのか、そしてどうしたら話せるようになるのか

なぜ日本人は英語が話せないのか。そしてどうしたら話せるようになるのか。現在、年末年始あたりに出版予定の英語学習書の編集を行なっているのだが、ここでも少しその本について書いてみたいと思う。英語に関してはnoteを中心に書いていくので、お時間があれば見ていただきたい。

日本人が英語を話せないのは能力の問題ではなく、従来の英語教育のためだ。従来の英語教育は感覚のない文法や表現を丸暗記していくものだった。このような英語は生きた英語ではない。そこにはネイティブの感覚はない。

感覚がないからこそ「to不定詞の名詞的用法、形容詞的用法、副詞的用法」などといった無駄な文法用語を丸暗記する必要に迫られることになる。そして感覚がないからこそ、丸暗記は苦痛を伴うし、実際には英語が話せるようにならない。丸暗記というのは感覚がなく、意味がわからないからしなければならないものだ。

ではそもそもネイティブは上記のような複雑なことを考えて話しているのだろうか。もちろんそんなことはない。ネイティブの英語は生きた英語だ。ネイティブは英語の感覚を持っているので、丸暗記する必要もないし、話す際に文法について考える必要もない。とすれば、その感覚さえ身につければ英語は話せるようになる。認知科学の観点から英語の感覚を習得し、話すための英文法を(文法用語を使うことなく)習得することがこの本の目的だ。

近年ではネイティブの感覚を教えるような教育も出てきているが、残念ながらそれでも不十分だ。確かに全く感覚がない英文法を学ぶよりも、そのような学習の方が良いことは当然だ。しかし、少し考えてみればわかるのだが、そもそもネイティブでもないのに、「ネイティブはこの表現ではこう感じる」と言われても、それはやはり単なる丸暗記でしかない。そして英語には数多くの表現があるから、結局、延々と丸暗記し続けなければならないという事態に陥る。これでは決して英語を話せるようにならない。

大切なのはネイティブの感覚を体系的に理解することだ。理解するというのは意味がわかるということだ。だから丸暗記は必要ない

英語における会話の8割、9割は数百の基本的な単語で成り立っており、ネイティブはそれらをくり返し使っている。そして英語を何年も学んできた標準的な日本人ならば、それらの単語のほとんどをもうすでに知っているはずなのだ。とすれば後はネイティブの感覚さえ身につければ、英語は話せるようになる。英語習得に大切なのは頻出表現や単語をたくさん暗記することではなくて、ネイティブの感覚を身につけることなのだ。

例えば、以下のニュアンスがわかるだろうか。

I must do it.

I have to do it.

は学校文法では同じということになっているが、ネイティブの感覚ではニュアンスは異なる。

I can do it.

I am able to do it.

これもそうだ。ニュアンスは(時として大きく)異なる。

It sounds good.

That sounds good.

これも日本語の感覚では同じだろう。しかし一つは(状況にもよるのだろうが)違和感がある。

I think that she is beautiful.

も学校文法では正しいということになるが、(状況にもよるのだろうが)違和感がある。

I gave Mary a pen.

I gave a pen to Mary.

これも学校文法では同じということになるのだろうが、ニュアンスは異なる。

I looked at her.

I saw her.

これなどは日本語に訳してしまうと同じだが、英語では意味がまるで異なる。さらに日本語に訳していたのでは

I find her intelligent.

I find her to be intelligent.

I find that she is intelligent.

などは同じだが、これらもやはりニュアンスが異なる。また、

That sounds good.

Sounds good.

では、学校文法では後者は非文法ということになるが、これらは両方正しく、ニュアンスは大きく異なる。

もちろんネイティブはこれらのニュアンス、感覚をわかっている。ここが私たちの目指す地点だ。しかしネイティブはネイティブであるが故に、ニュアンスはわかっても、それを言語化、つまり説明することはできない。

一方、従来の学校文法ではこれらの違いを教えないというのが主流だろう。

近年の英語教育ではこれらに対してネイティブがどのように感じるのかを解説しているものもある。これに関しては素晴らしいと思う。しかしそれでも一つ一つ個別に解説していたのでは、ひたすらネイティブの感覚を丸暗記していかなければならないという意味のわからない状況に陥るし、やはりネイティブでないものに対して、「この表現に関してネイティブはこう感じる」と言われても困るというのが正直なところなのではないだろうか。

しかしこれらを体系的に理解する(意味がわかる)ことができたら、丸暗記する必要はない。煩瑣な文法用語を使う必要もない。意味がわかるというのは丸暗記の対極にある。意味がわからないからこそ丸暗記が必要になるのだし、意味が伴わないからこそ丸暗記は苦痛だ。逆に意味がわかれば学びは楽しいものとなる。

そして丸暗記では新しい状況に対応できないが、意味がわかる学習は新しい状況にも対応できる感覚のない文法や頻出表現をたくさん丸暗記すれば、TOEICなどでは高得点が取れるが、実際の会話では詰まってしまう。これは日本人の英語の典型的特徴ではないだろうか。日本人の英語学習は感覚のない文法や典型的な状況で使われる(と言われる)「頻出表現」と呼ばれるものを丸暗記する。だからTOEICなどの安全に作られた箱庭の中では正常に機能する。だが、少し考えてみればわかるのだが、この世に典型的な状況など存在しない状況は常に新しいのだ。だから頻出表現は頻出しない。一旦箱庭を出てしまえば、そんな英語はまるで通用しない。

では意味がわかるというのはどういうことなのか。そして意味がわかればなぜ新しい状況に対応できるのか。意味がわかるというのはその本質を理解するということだ。例えば、カップだったら「液体を入れるもの」というその本質を理解することだ。そうすれば初めてみるカップもカップとして認識できる。私たちは間違っても一つ一つのカップを丸暗記しているのではない。この世の中に典型的なカップなどないのだ。一つ一つのカップを丸暗記していたら、苦痛は伴うかもしれないが、TOEICなど典型的なカップしか出題されない安全に作られた箱庭の中ではやっていけるだろう。しかし一旦典型的なカップが存在しない実世界に出てしまえば、新しいカップを見た時に詰まってしまう。しかしまさにこれが日本人が受けてきた従来の英語教育だ。だからこそ日本人は英語を話せないのだ。

今回、認知科学の観点から読み物として読み通すだけで煩瑣な英文法や丸暗記なしにネイティブの英語感覚ー本質ーを英語(英文法)全体を通して体系的に理解できる本を書いた。専門用語は使っていない。すぐに読み通せるはずだ。出版されたら是非読んでみてほしい。テストで高得点が取れる良い子ちゃん(goody goody)になるのではなく、実際に世界の中でサバイブできる英語力を身につけよう。そして本来の学習は苦痛ではなく、楽しいことなのだ。

英語における会話の8割、9割は数百の基本的な単語で成り立っており、ネイティブはそれらをくり返し使っている。英語を何年も学んできた標準的な日本人ならば、それらの単語のほとんどをもうすでに知っている。後はネイティブの感覚さえ身につければ、英語は話せるようになる。英語習得、特に英会話に関して大切なのは頻出表現や単語をたくさん暗記することではなくて、ネイティブの感覚、ネイティブの思考方法を身につけることなのだ。

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