恩師の思い出

今年、大学院の博士課程でお世話になった恩師が亡くなった。

本当に恩師だった。

通常、大学や大学院に進学する際にはいくつか滑り止めを受けるものなのだろうが、博士課程に進むならこの人の下でしか学びたくないと思って、その先生の研究室しか出願しなかった。

別にコロンビア大学に行きたかったのではなくて、たまたまその先生がいるのがコロンビア大学だった。

そしてありがたいことに無事合格した。

それから本当に良くして頂いた。

先生は研究者としても素晴らしかったが、教育者としても本当に素晴らしかった。もちろん人としても。

夕方から先生の研究室に行き、二人で日付が変わるまで議論したりした。

この時の内容が『本当の声を求めて』の基盤になっている。

そして卒業してからもずっと連絡をとり続けた。

幸いなことに先生の息子がアメリカのこれまた一流の大学の教授でずっと東京大学でも客員教授をしていたので、よく日本に来ていて、よく一緒に遊びまわっていた。

博士課程時代のもう一人の恩師であるスタンフォード大学とコロンビア大学の教授で心理学者のバーバラ・トベルスキー(バーバラ・トベルスキーともいまだに連絡を取っている)から先生が先生の息子と私が仲良くしているんだって嬉しそうに言っていた、ということを聞いた。

先生たちは私の博士論文を通して初めて出会った。

博士論文を提出すると、デフェンス(守る)ということをしなければならない。これは何人かの大学教授から、博士論文の質を問われる結構厄介なことなのだ。

その席で二人は初めて会い、一瞬でとても仲良くなった。

卒業してから、研究室に遊びに行った時に、先生から彼女(バーバラ・トベルスキーのこと)はとても素晴らしい、優しい人だ、と聞いていたし、バーバラ・トベルスキーも先生のことをあった瞬間に好きになったといっていた(恩師は女性です)。

ちなみにバーバラ・トベルスキーは普段本当に優しいけど、専門の心理学のこととなると突然とても厳しくなる。

二人の共通の友人は認知科学の創立者の一人であるジェローム・ブルーナーだったのだが、最近バーバラ・トベルスキーとメールをしていて、そのことを知らなかったみたいで、とてもびっくりしていた。

先生が仰っていたことで、思い出すことはたくさんあるのだが、一度先生は「私は(文化人類学者として)聞くトレーニングを受けた」と仰っていた。

先生はマーガレット・ミードの研究パートナーだった文化人類学者で、文化人類学者は様々な人たちを観察したり話をするのが仕事だ。

先生の言いたかったことはおそらく、みんな書くこと、読むこと、話すことは難しいと思っているけど、聞くことは簡単だと思っている、ということだったのだと思う。

でも本当は相手の話に耳を傾けることはとても大変なことだ。特に意見が異なる場合は、耳を塞いでしまいたくなる。

今でもまだ全然その域には達していないけど、これからも先生に教わったことを反芻しながら生きていくんだろうな。

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